池島行ってきました、のでレポ。(2014/08)

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ほぼほぼこの記事のためだけにMTに乗り換えたと言っても過言じゃないのですが、
話題の池島に行ってきましたのでレポってみます。

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あまりにも三井松島リソーシスの方々が親切だったので、それに報いる何かをしようと思っただけなんですけどね。
長くなるので、興味ある人だけ続きを読みましょうっ♪

元々は、軍艦島を予定していたのですが、
台風8号による桟橋破壊と11号接近に伴う修復工事延期のため、行き先を池島に変更しました。
しかし、結果的には池島に行って良かった、というのが近藤の感想です。

この記事を見る前に、池島の概要について学びたい方はこちらへどうぞ
さわりだけ話しますと、下記の通り。

  • 元炭鉱 日本最後の炭鉱島 (注:島を除けば釧路炭鉱は一応未だ現役)
  • 隣接する松島火力発電所への石炭供給で2001年まで稼働していた。
  • その後、2010年まで海外の炭鉱技術者育成のために研修センターとして利用されていた。
  • 現在は廃坑。坑道は地下60mで封鎖されている。
  • 炭鉱で働いていた方による観光ツアーが開催されており、近藤はそれに参加しました。

そんなわけでレポを書いてみました。
レポの内容は、事前に調べた内容(ようこそ炭鉱体験「池島」へ さん)や
案内して頂いた三井松島リソーシスの職員さんの情報に基づきます。
(間違ってたら指摘して下さい。。。)


池島の観光ツアーは「長崎さるく」で行われており、これに予約してから、池島へと向かいました。
池島に向かうための船は、神浦港もしくは大瀬戸港から出ており、
観光ツアーは池島港集合なので、池島までの足は自分たちで確保しておく必要があります。
(といっても、ただ当日フェリーに乗れば良いだけですけどね)

大瀬戸港にちょっと早く着いた我々は、大瀬戸ショッピングセンター前の食堂で腹ごしらえをしてから、
敢えて1本前のフェリーに乗り込んで池島へと到着し、
フェリー到着に併せて運航されているコミュニティバスに乗って、
バスの終点まで移動し、1時間かけて池島港へ戻りつつ、観光するという選択肢をとりました。

では、いよいよ池島観光編です。




_MG_3445.jpgコミュニティバス自体も、池島の交通量が少ないこともあり、
終点まで結構飛ばしてくれます。
・・・廃墟アパートの間をくぐり抜けていく感が、結構怖いんですけどね。

そんなこんなで
バスの終点で降りると、いきなりクライマックス<笑
8階建ての高層アパート(の廃墟)が目の前にある、
アパート群のところに到着。

いきなり現れる光景に口をぽかーんと開けるしかありません。

あ、ちなみに、全ての写真はクリックすると大きくなりますよ。

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いきなり、これを目の前にすると、かなり驚きますよね、ホント。
ちなみに、このアパート、8階建てですが、エレベータやエスカレータの類はありません。
理由は、5階にあります。(この写真のちょっと通路っぽい階)
これ、反対側から見ると。。。
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こんな感じ。(反対側に回ったのは夕方なんで、一気に夕日になってますが、勘弁して下さい。)
斜面に建てられているので、斜面側からだと、5回に"渡り廊下的なアプローチ"ができるわけです。
そんなこんなで、1階~8階への移動が必要なくなったりするので、エレベータの類がない、というわけです。
なんという合理的な建築っ。

ちなみに、この高層マンションの反対側には
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第二立坑への入り口があります。(第二立坑は昭和56年に作られたそうです。)
「御安全に」とは工場で良く聞きそうな挨拶ですね。
この看板の反対側は。。。
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「ご苦労さん」っと。ねぎらいの言葉ですね。
この通路、二つ上の写真を見るとおり、島の外からの切り通しみたいになっているので、
台風が接近した際は、この通路の真ん中にあったスロープにすがるようにして通勤していたそうですよ。

この通路の先には、
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第二立坑の入り口があります。
(注:この写真は職員の方の許可を得て撮影しています。普段は来れません。
第二立坑の建物のちょうど真ん中に掛け時計があったのですが、時間が合ってました。
(未だ動いてる?)
そんなところからも2001年に閉山、ということを知ることが出来ます。

高層アパートが第二立坑の入り口近くにある、というのもまた、合理的ですね。
歩いてほんの数分で職場という好立地なのに、家賃は格安です。(後述)

再びアパート群に戻ります。
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アパート群の立っている一帯は既に植物がかなり茂っている場所もあり、
通路が使用不能になっている場所も多々ありました。
最近は、イノシシも出るようです。(鉱山が稼働していた時代には出なかったそうで、海を渡ってきたのか・・・?)

なお、画像左は蒸気を各家庭に送るための管です。
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人が住んでそうですが、この一帯には人は住んでいないそうです。
ちなみに、住んでいる棟にもランクがあって、
~100番台:一般工員
110番台:係員
120番台:係長
130番台:課長
だそうですよ。

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そんなアパート群のところに突然現れる、「かあちゃんの店」(長崎市設池島総合食料品センター内)
営業しておりますので、是非お立ち寄り下さい。(近藤は時間が無くてよれませんでした)
昔は、道を挟んだ反対側にショッピングセンターがあったそうです。(今は更地)

・・・まだまだ続きます。


アパート群を後ろに池島港へと戻る途中で我々が目にしたのは・・・
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立坑用の装置。夜中に見ると怖そうです。
遠くに見えるだけで、近くまでは寄っていません。これは第一立坑ですね。
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突如道沿いに見えるのは、発電所。
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停止から13年。潮風に晒される場所と言うこともあり、かなり錆びてます。部分的な崩壊も。
電力は、大瀬戸側から海底ケーブルで引っ張っており、そちらがメインだったそうです。
それに加えて松島からも海底ケーブルがあったとのこと。
この発電所自体は、非常用の発電所だったそうです。

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人工物がどんどんと廃れていくのに対して、植物は生き生きとしていました。
島全体が人口物の塊から自然に還ろうとしているようです。
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池島港から島を一望。
こうやってみると、一大炭鉱であり、島全体が炭鉱で賑わっていたこともうかがい知れます。

とまぁ、この辺で一度、池島の観光を中断して、池島港に戻り、炭鉱ツアーに参加しました。
池島開発総合センターで、池島についての説明(歴史とか閉山に至った経緯とか)をして頂き、
ヘルメットとヘッドランプを装着して、いざ坑内へ出発。

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中央の緑色のトロッコに乗って坑内へと移動します。
結構このトロッコが迫力があり、ぶっちゃけ最初、某浦安にある某ビッグサンダーマ○ンテン的な
アトラクションかと思うくらいに雰囲気がある乗り物です。
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こんな感じでどんどんと進んでいきます。
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坑内に到着すると、こんな感じ。
色んな配管・配線・設備が残っています。(どの設備も結構古い)
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更にどんどん遠くへ。冒険大好きな人には堪らない感じでしょう?<笑
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ロードヘッダー。こいつで岩盤をガンガンと掘り進むことが出来ます。
こいつで通路をコの字状に作り上げて、
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ドラムカッターでコの字の右側から左へと採掘していきます。
最終的にはコの字が■になる直前で採掘を終了するそうです。
(■になっちゃうと、主要坑道の強度が不足して潰れちゃうので。)
ちなみに、説明をして頂いた職員さんにはこのツアーから、
池島を出るまでホント色々とお世話になりました。色んなお話を聞かせて頂き感謝してます。m(_ _)m


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穿孔機の体験も出来ます。これ、電動かと思いきや空気(エアーシリンダー?)で動いてるんですって。
こいつで孔を作った後に、その孔にダイナマイトを突っ込んで、発破するそうな。
坑道を作るために必要なダイナマイトは20cm位のヤツを3本で事足りるって言うから、恐ろしや・・・。
(この後、実際にダイナマイトを持たせてくれたりもしましたけど・・・)
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主要坑道の採炭列車が通るところ。
17度の急勾配がずっと続いています。
(観光用のトロッコはこちらからは来ませんのでご安心を。昔はこっちから来てたみたいですが・・・汗)
未だに坑道の入り口(中央の白い部分)は、空気の通り抜けように開けているとのこと。
一方で、これよりも深い方向の坑道は閉鎖していました。
(2010年の研修センター閉鎖時に、100km近くあった主要坑道の入り口も閉鎖したとのこと。)

この後、救命センター等の紹介を受け、大満足の坑道見学ツアーも終了しました。

その後、トロッコ列車で再び池島開発総合センターまで戻り、アンケートを書いて終了。
・・・だったのですが、
先ほど、巡っていたアパート群のうち、1棟の室内及び屋上に上がれることを事前に把握していた近藤は
「申し訳ないんですが、アパートの中の展示室と屋上、見せて頂けませんか?」とお願いして
追加で池島の観光をさせて頂くことに(いや、もう、ホント、無理なお願いなのにありがとうございました。)

そんなわけで、3号棟、展示室がある所まで連れてきて頂いて、3号棟の南京錠を開けて頂きました。
注:三井松島リソーシスの管理物件なので、展示室・屋上に上がるためには許可が必要です。普段は鍵が掛かってます。
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玄関はこんな感じ。交代勤務だったので、
寝ている人が居るときは、
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こんな感じになる。昼間だからって誰も彼もブザー押したらダメよ、って話ですね。

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三井松島リソーシスでアパートの一室を展示室として改造しており、
その中に池島で暮らしていた方々の生活が復元されています。
ちなみに、この一室、家賃月700円ですって。
つい、「当時のお値段ですよね?」と聞いてしまいましたが、
当時=2001年なので、現在と特に物価が変わらないことを考えると、破格です。

洗濯機は2槽式、ゴミ捨てはダストシューター、ってところに妙な懐かしさを感じました。
ダストシューター:アパートなんかで上の階からゴミを捨てるときに、ゴミ専用の吹き抜け孔があって、
そこにゴミをおとすと、アパートの1階のゴミ排出口まで落っこちていくという昔のゴミ捨て方法。
勿論全く分別してなかったそうです。

更に、屋上まで上がらせて頂きました。
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まず、炭鉱方面。
中央やや右の白い屋根が坑道の入り口で先ほど坑内から撮影した白く光っていたところ。
中央から左に伸びているのは石炭の搬送ライン。
先ほど撮影した立坑の装置が職員さんの手のところにありますね。

続いて、アパート群方面、この写真が撮りたかった・・・っ!!
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こんな感じ。
「見てみろよ、一見人が住んでいるようだろ?これ、廃墟なんだぜ・・・」という感じ。
本当に多くの人が住んでいたことがうかがい知れます。
ちょっと視点を変えてみると・・・。
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こっちは更に廃墟っぽい感じですね。夜には訪れたくない感じで。
前方に見える小高い山が池島で最も高い部分だそうで、
あそこまで登ればもっと良い写真が撮れるんだろうなぁ・・・と思いましたが、そこまでは訪れていません。

一緒に行ったS氏が動画を撮影していたのですが、
もう、この辺からずっと我々の反応は「へぇ~」とか「ほ~」とか「はぁ~」とかそんなのばかりで、
ホント、開いた口がふさがらない感じでした。

そんなわけで、展示室と3号棟とは別れを告げたのですが・・・
更に、第二立坑まで案内して頂けました・・・。施錠ついでとはいえ、ホントありがとうございます。
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先ほどコミュニティバスを降りたバスの終点よりも更に奥地にバンで案内して頂けました。
注:第二立坑周辺も関係者以外立ち入り禁止であるため、許可無く入ることが出来ません。
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ここが第二立坑。勿論、職員さんの案内なので、更にどんどんと近づきます。
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第二立坑前にあった慈海の像。
有名な方のお弟子さんが作られた像なのですが・・・誰の弟子だったか忘れました。ごめんなさい。
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そして、これが第二立坑。
先ほど、ぶら~っと歩いていたときの「御安全に」の先にあったヤツです。
(実際はあの「御安全に」の案内とかも、第二立坑に寄った後に職員さんにして貰ったのですが・・・。)
坑道があまりにも長くなってしまったので、少しでも近いところに立坑を、ということで、第二立坑を作ったそうです。
そりゃ、100km近い坑道ともなれば、移動だけで凄い時間を費やしてしまいますからね・・・。

と、30分近く職員さんに追加で案内をして頂きました。本当にありがとうございました。
そんなわけで、レポを書かずに居られなかった近藤でした。
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最初に「当初の目的は軍艦島だった」と書いていましたが、池島のこの港の部分、
この池のところにすっぽりと軍艦島が入るくらいに軍艦島は小さいそうです。

軍艦島では炭鉱ツアーなどは行っておらず、純粋に建物の見学だけなので、
体験型のツアーとしては、池島炭鉱体験ツアー、非常に良いと思います。オススメです。

一方で、池島炭鉱を案内して頂いている方々もお年を召されているので、
いつまでもこのツアーが継続されるとは限らないかもしれない(し、現に昔の炭鉱ツアーと今の内容が変わっていたりもするし)
ので、ご興味がある方は是非一度訪れてみてはいかがでしょうか?

最盛期は8000人もの人々が暮らしていた池島も、今では人口200人の島になってしまっており、
島民は高齢化が進み、わずかに残った産業も廃棄物処分系の鉱山と観光のみとなってしまっています。
ただ、観光客だけは前年度比10倍程度で推移しているようですので、人気が更に上がる前に、是非。
(軍艦島と違い、ツアー実施会社は1社のみ、すなわち、元炭鉱運営企業のみです)

・・・すっごく久しぶりに、ここで長文を書いた気がする近藤でした。
(つまり、それだけ池島に行って良かったよ!と思ったとお考え下さい)

訪問:2014年8月某日